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標識・看板から景観について考える (1)

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ここはある町境です。もしあなたが大泉町の目的地に向かっているとしたら、「あ、ここから大泉だな」と確認して安心するでしょう。標識とは目印ですから、誰の眼にも止まるように分かり易く作られています。この標識はその役目を十分果たしていますし、その上周囲になんとなく「好もしい雰囲気」を醸し出しているとは思いませんか。そして、それはどこから来るのでしょうか ーー 私は「色彩」が大きな役割を果たしていると考えます。
この地点には左側に川の標識もありますが、この新標識と同じ落ち着いた紺色です。中程に立つ白地の旧村の標識の文字も藍色系。「三つも重なってうるさい!」とはあまり感じずに済むのは、色の統一感のなせる技でしょう。そしてそれは、背景の日本瓦の蔵や家屋にもしっとり馴染んで見えます。

これは「景観」の一例です。いま景観づくりが注目されているのは、看板や広告など「ただあればいい。目立てばなおいい」という戦後復興期的がむしゃらなやり方を見直し、全国どこでも同じような建物・植栽・道路の金太郎飴的風景でなく、地域にふさわしい「景観」とはどのようなものか、行政も民間も市民もともに考え、話し合い、創っていこう、という環境重視の時代に入ったからなのです。

北杜市が「観光立県」の「環境創造都市」を目指すならもちろんのこと、ましてや 「景観行政団体」 になったのなら、その自覚を持つことが期待されています。このような視点で、北杜市内に相当数設置されている 地区標識 を目にするとき、「市になったんだから、目立つ色と都会的デザインでいいんじゃないの」とは私には思えません。また別荘・観光客にとっては、「住所表示とは一致しない地区標識」は目立つがために誤解を招くこともあるのですから、むしろ従前のもの、白地に紺文字を基調としたデザインを応用した方が小ぎれいで、かつ実用的だったのではないでしょうか。

「おいおい、今さらそんなこと言われても困るよ」って? そうですね、このために(合併特例債から?)かなりの金額が費やされたはずですから……。それなら、今となって何ができるのでしょうか。このことを、私なりに考えているところです。 〜 この記事の続きはいずれまたの機会に 〜
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by mukai-message | 2005-12-12 12:57 | ○ほくと景観まちづくり
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