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詩人、茨木のり子さん ひっそりと逝く

c0041095_1327258.jpg駄 目 な こ と の 一 切 を  時 代 の せ い に は す る な  わ ず か に 光 る 尊 厳 の 放 棄
自 分 の 感 受 性 く ら い  自 分 で 守 れ  ば か も の よ
 

時代は変わっても、この詩の一節は今も心に響く。「自分の感受性くらい」ーーあまりにも有名なこの詩に初めて出逢ったのは、30年ほど前だったか。この度(19日)訃報に接し、書架にその詩集を探したのだが見当たらない。時の流れの中に自分の言葉を見失ってしまったようで呆然としている。

茨木のり子さんーー1945年、終戦の年に「はたち」だった人。そのころの想いが結晶となってこの詩が生まれるまでは、長い歳月だったという。「もはやいかなる権威にも倚りかかりたくはない ながく生きて心底学んだのはそれぐらい」(詩集「倚りかからず」より。)
その79歳の生涯を偲びつつ、「言の葉さやげ」(茨木のり子初エッセー集 出版 花神社・新装1981)をこころ静かに読み直してみたい。
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詩人、石垣りんさんが84歳で亡くなったのは2年前の暮だった。「崖」という詩、ご存知ですか? 
戦争の時代を生きた自分と対峙し、詩を通してその想いを表してきたひとたち。私が彼らを好きなのは、二人とも権力と反対の位置に居て、決して猛々しくなることなしに日常の暮しの中から言葉を紡ぎ、人々にやさしく語りかけていた姿勢に惹かれるからだ。
あの戦争の時代は遠ざかったけれど、それと共にこういう詩人たちの魂も遠のいてしまいそうな今、せめて彼らの想いを受け継ぎたいーー「豊かになったものの、どこかカラッポ」な、戦争を知らない世代の一人として、そう願う。
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by mukai-message | 2006-02-22 13:38 | ○放 射 能 汚 染
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