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北杜市が「市民憲章」「市の花・木・鳥」 を募集しています  2/3 

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【 市 民 憲 章 】
これは、いわば飾り物かと思っていましたのであまり興味がありませんでした。しかし、こちらの 市民憲章情報サイト を見てみると、今どきの「まちづくり」とも関連していて面白そうなのです。市民憲章とは、合併前に協議されるものでなく、「慣行」として新市が新たに検討するのが通例なのだそうです。そして小中学生でも理解できるやさしい言葉で書かれるものだとか。夏休みに親子で作ったりすれば、なんとなく親しみが感じられる存在になりそうです。

最近、「北杜市は合併時のフレッシュな意気込みをもう忘れたの? 住民自治・市民との恊働スピリットはどこにいったの? 花はどこへいった 」と巷で噂の流れる今日このごろですが、新しい市民憲章を全市民に呼びかけ、一緒に検討していくというプロセスをたどる中で、初心を取り戻していただきたいものです。もし、飾り物でいいや、と思っているのでなければ (*.*)
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さて、ここで一例として長坂町の町民憲章を挙げておきたい。
昭和30年に4ケ村が合併してできた新しい町、ながさか。旧長坂町誕生の経緯もまた載せておきます。今日の北杜市の場合と照らし合わせると、興味深いものがあります。

【長 坂 町 民 憲 章】
長坂町は、美しい自然に恵まれた郷土です。わたくしたちは、この町を愛し、
より幸せなくらしを実現するために、
この憲章を定めます。
一、自然を愛し、香り高い
    文化の町をつくりましょう。
一、健康で楽しい、
    平和な町をつくりましょう。
一、勤労に励み、
    豊かな町をつくりましょう。
一、みんなできまりを守り、
    明るい町をつくりましょう。
一、互いに敬愛する、
   福祉の町をつくりましょう。

【経 緯】
長坂町が生まれたのは、敗戦後昭和28(1953)年から始まる昭和の大合併の頃でした。
「昭和29(1954)年4月、日野春、秋田、清春、小泉、大泉の4ヵ村合併案が提案され、第1案で日野春、秋田、清春の3ヵ村が合併。大泉、小泉2ヵ村が合併することになった。昭和30(1955)年1月20日、旧日野春、秋田、清春の3ヵ村が合併して長坂町が誕生。さらに2ヵ村合併が実らなかった小泉村が同年3月30日、長坂町へ編入合併し、地域差の理由で同年7月1日、旧清春村の片颪が白州町に分離合併した」のです。

*~* 私が住んでいるのは、今日の小渕沢町のように遅れて編入していった旧小泉村です。今日でもここの多くの住民が大泉町に親しみを感じているようなのは、やはり地理的・風土的に近いせいでしょうか。歴史を侮るべからず。
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by mukai-message | 2006-08-02 10:42 | ▷北杜市 2005-06
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