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北杜市の「市民と語る集い」について語ろう 6 市民が望む対話集会の行方は

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昨夕NHKニュースで明野の処分場予定地の地盤を独自に調査したグループが、県に再調査を願い出たことが報道された。県では、調査は済んでいるとしながらも、それを受け入れたという結びだったので、今後注目したい。
 
「浅尾の予定地が最適地」という県側の結論には、客観的な資料提示や検討経過の説明責任が果たされないまま今日に至っている。「不透明」と言われる由縁である。
「地域委員会市政報告会に於いても説明は済んだ」と言われても、昨年 7.7北杜市地域委員会市政報告会(於高根ふれあい交流ホール)で行われた説明とは、事前に内容が通知されず、(恐らく明野以外の)出席者にとっては「ぶっつけ本番」で行われたものだ。それと知っていれば、十分準備の上質疑応答に臨みたかった委員もいただろう。この様に、不透明さがつきまとう胡散臭さプンプンの事業だと評されても仕方があるまい。
  参考記述 明野廃棄物最終処分場は明野だけの問題か? 1/2
  参考記述 明野廃棄物最終処分場は明野だけの問題か? 2/2

さて、8月8日(火)の山日新聞に「明野処分場『公開説明会の実現を』高根・小淵沢の住民グループ、市長に再び要望」という記事が載った。
高根、小淵沢地区などの住民でつくる「北杜みらいネットワーク」が7日(月)、北杜市役所を訪れ、市長との公開による対話集会開催を要望したというもの。公開説明会は明野地区内の反対派「明野廃棄物最終処分場問題対策協議会」も5月以降、繰り返し求めているが条件が合わずに実現していない。
「北杜みらいネットワーク」 が市幹部に提出した要望者は下欄の通りである。市側の回答は明日掲載する。また、こちらのブログ「処分場建設反対の広告」 記事にも注目されたい。

More(市民グループより対話集会の要請)
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by mukai-message | 2006-08-18 15:33 | ○放 射 能 汚 染 | Comments(4)

静けさに満ちた終戦の日 「万歳山」を想う 2/2

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戦争当時はこんもりした大きな松の木林だった「万歳山」のお話を続けます。
『(小泉分教場での)壮行会が終わるとみんなで "勝ってくるぞと勇ましく…… " と勇ましい軍歌を大声で歌いながら、日の丸の小旗を振り振り、万歳山までの道を送っていきました。そして、この場所を切りに哀別したのです。
出征兵士は、たとえ、それが永遠の別れになる運命であろうとも、「これからお国のために、滅私奉公し、元気で征って参ります……」と大きな声であいさつをし、涙をこらえて敬礼をしなければなりませんでした。
送る人々の中には、ここが父との永遠の別れの場所となることもしらず、母親に抱かれて無心に手を振る幼子の姿もありました。また、身重の体で夫との別れに涙をかくす妻の姿もあったことでしょう』

戦地に発った人々は長坂だけでも1000人を超えたといいます。広報ながさか413号(2002年8月号)には、90歳近くの方の手記 ーー 子を背負って見送った夫が形見もなしに帰らぬ人となった悲しみ ーー が綴られています (1)。また、425号(2003年8月号)にも、90歳の方の「飢えと寒さの(シベリア)抑留生活」 (2) また82歳の方による「グアム島回想記」 (3) が掲載されています。
  (1)「かけがえのない尊い命も、人の心も、何もかも破壊する戦争の無益さ、今もあの戦争を引き起こした者への憤りは鎮まることはありません。二度と再び悲惨な戦争はしてはいけない。悲劇は繰り返してはならないことを、遺族である私たちが声を大にして訴え続けていく使命があると思います。また、このことを風化させてはなりません。過去を教訓に、これからは常に平和の世であることを願ってやみません」
   (2)「戦争とは何か……。それは国を亡ぼし、人を亡ぼす、最大の罪悪が戦争。未来永劫平和でなければならない。また、世界の平和、人類仲良くの思想をみんなで広めなければならない……年齢90歳、歳を重ねる毎に、この思いを一層強くしている」
  (3)「さまざまなことが続いた激動の「昭和」であった。私どもは、戦前、戦中、戦後を生きてきた。その年代を生きてきた者の為すべきことは、「二度と戦争をしてはならない……」、このことの意義を忠実に若者達に伝えること……それに尽きるように私は思い続けている」
これら戦争体験者の方々は私の親の年齢でもあります。老いた身を鞭打ち、声を振り絞っての結びの言葉は私たちへの遺言のように響きます。
 
かつては耕地が広がっていた村境に今では中央道が走っており景色は一変しましたが、「万歳山」は今もこんもりとした松の木林(写真)です。中央道韮崎〜小渕沢間が開通した昭和51(1976)年12月に陸橋が掛かり、秋田村の字名米山から「米山橋」と名付けられた橋は町なかと旧小泉村を結んでいます。建岡神社の裏の木立ちの辺りはスポーツ公園へと変わりました。当時の新聞には『高速道路では日本一高い所を走る "高原ハイウェー" で景観もすばらしいが、十月にオープンした八ヶ岳有料道路と併せて八ヶ岳山ろく新時代の幕開けとなった』と晴れがましげに書かれています。

万歳山で見送った人、見送られた人ーー時が移ろい、生き残った者も高齢となった現在、人々の気持の中で何が変わったのか、変わらないのか ーー 吹く松風に聞いてみたい。
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by mukai-message | 2006-08-16 16:07 | ○放 射 能 汚 染 | Comments(2)

静けさに満ちた終戦の日 「万歳山」を想う 1/2

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北杜市になって以来、毎月物足りなさを感じるのは「広報」の内容です。8町村のニュースを公平に盛り込むとなれば「薄味」になってしまうのはやむを得ない ーー それはそうでしょうとも、分かっています。でも、まるで掲示板のようにざっと目を通したらそれでおしまい。記憶に残る記事はあまりにも少ないというのが、かつて「町の広報の愛読者だった一市民」としてのワガママな感想です。

町長が文化事業に力を入れていた旧長坂町では、「むかし話シリーズ」や郷土資料館、オオムラサキセンターからのフレッシュな情報を盛り込んだ内容豊かな広報が発行されていました。それらは今日も「長坂のむかし話」や「伝えたい残したい長坂の話」その他のブックレットに集約されて残っており、特にこの地における戦前・戦中・終戦後の様子を知らない「よそ者」にとっては有難い資料なのです。

終戦60周年の昨年は土地の方々のお話と資料に基づいて地元の諏訪神社にある 供木の碑1. そして供木の碑2. (写真)を記しました。
今年はその近くにある「万歳山(ばんざいやま)」を訪れました。このお話は、「長坂のむかし話」ではこう始まっています。
『召集令状によって戦場に征くことになった兵隊さんや、志願した出征する兵隊さんを見送り、最後の「万歳三唱」をしてお別れした悲しい思い出の場所を「万歳山」といっています。横針のはずれ、昔の小泉村と秋田村との村境で、いまの米山橋ぎわの松林のあたりです。当時はこんもりした大きな松の木林でした』
                            〜 次 回 に 続 き ま す 〜
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by mukai-message | 2006-08-15 22:02 | ○放 射 能 汚 染 | Comments(0)

北杜市の「市民と語る集い」について語ろう 4. ある自治会の視点から

(キキョウ・クリックして拡大)

自治会にないもの 公民館! そして 行政区としての扱い!

長坂には33の地区および公民館がある。公民館は地区により運営され、各戸は区費として年間1万数千円(推察)を負担している。それらの公民館は区員の集会場、防災情報の発信等 の防災対策にも利用されている。
 *~* その他の用途についてご存知の方は教えてくださいね。

「それがどうした」と地元の方々はおっしゃるだろうが、都会からの移住者にはそのような仕組みの経験がなく、また無関心の人も多い。数年前に北巨摩全域が(東海)地震防災対策強化地域に指定されたことすら漠然としか知らない人もいるのではないか。
その指定以来当然のことながら、地域の防災力 の必要性が云々されるようになっているのだが。

私は地域委員として、公民館が地区の緊急避難場所であり、テント、担架などの物資の集積場でもあることを知った時に初めて自治会という存在の「寄る辺のなさ」を感じた。それにも増して「区長会に出席できないために防災に関する情報さえ届かない」ことが地域で安心安全な暮しを営む上で大きな障害になっていると思う。
北杜市になって自治会への待遇はさらにランクダウンしている。
旧町では出ていた区手当が一方的にカットされたのだ。理由は「行政区でないから」という! ないないづくしである。
ーー 同じ納税者なのに、いつまでこの状態に甘んじなければならないのですか?

ここで話を北杜市の「市民と語る集い」に飛ばそう。
どうやら市側にとっては、「市民」とは地区代表としての区長や委員限定であるらしい。私たちの自治会が区長会から閉め出されているのと同様、新規市民は既成の仕組みの中には存在していないのだ。
ーー 同じ納税者なのに、いつまで二等市民状態に甘んじていなければならないのですか?
               
                  〜 次回は、団塊世代へのラブコールについて一言 〜
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by mukai-message | 2006-08-12 15:32 | ○放 射 能 汚 染 | Comments(2)

北杜市の「市民と語る集い」について語ろう 3.  ある自治会の視点から

(ハンゲショウ・クリックして拡大)

この話に大都会の住民は目をぱちくりするだろうが、自治会にゴミステーションが整い、ゴミ回収が始まった時には、「あ〜、人並みになったぁ」と大喜びしたものだ。「ゴミが回収されるなんてあったりまえのこと」と軽く考えていた移住者にはとんだ試練だったわけだが、お蔭で市町村では生活と行政が非常に近い関係にあることが体得できたり、環境問題への意識が高まるなどの良い効果もあったと思う(*_*)
私たち自治会の会員は順番に役職に就き、役員は衛生組合長・リサイクル推進委員会議に出席し、年2回は全員がクリーンキャンペーンにも協力している。しかし町の区長会出席については、発足段階から今日に至るまで懸案事項のままである。これが、問題なのだ。

平成11(1999)年3月総会の記録には以下のメモ書きが残っている。4のその他に注目されたい。
 1 リサイクル・ゴミについて(新聞・雑誌、広告チラシは別、段ボールはテープをとるなど)
 2 5月30日の地域清掃(山梨一斉のクリーンキャンペーン)年4回
 3 新年度役員について
 4 その他 要請書 区長会(そろそろ入ると申し入れ、よそ者はダメとの反応)。


区長会は、町の施策を地域で徹底していくためにトップダウン、ボトムアップともに可能な重要な組織である。地区との関係が希薄な "新住民" の自治会がそれに参加できないということは、行政の施策から取り残されていくことに他ならない。ただゴミさえ捨てられれば良いというものではないのだ。

町によって異なるだろうが、旧長坂では地元の有識者から「行政は転入者のゴミの問題を地区に押し付けるな」という声も上がってはいたのだが、「行政区」が地縁血縁で繋がる「地区」におんぶしたままの半端な体制が遂に見直されず仕舞いとなった。ゴミ問題への取り組みや改良へのスピードは称賛に値するほど早かったのに、何とも皮肉な話ではないか。
                         〜 この件、まだまだ続きます 〜 
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by mukai-message | 2006-08-11 16:19 | ○放 射 能 汚 染 | Comments(2)

北杜市の「市民と語る集い」について語ろう 2. ある自治会の視点から

(写真はクリックすると拡大します)

これは、長坂総合スポーツ公園での総合健診時にもらった結果説明会の案内(裏頁)である。私が所属する自治会も明日その対象になっている。会場は小泉小体育館。合併前の説明会は最寄り地区の公民館で行われていた。ところで、この案内には対象地区として自治会名が書かれていないのにお気づきだろうか。そして、それは何を意味するのだろうか。 

長坂町を流れる川には古杣(ふるそま)川、高川、女取(めとり)川(これらは深沢川となる)、そして鳩川がある。そのうち私たちの自治会に縁の深いのが高川である。この川沿いに住む6戸が集まって自治会を結成したのは、平成7(1995)年11月のことだった。前月には発足準備会も開かれ、ゴミを出せない苦労話や地域の環境保全などについても話が盛り上がったものだ。
 参考記述  (4) 自治会ができた!   (5) なぜ区、組に入らなかったのか?  

自治会結成の主要目的は行政によるゴミ収集サービスを受けることだったが、通達(広報や回覧板等)も受け、町から戸数分の 役員報酬 区手当 も支給された。
手元にある記録を見ると、その後ゴミ収集制度の改善に伴い衛生組合長手当およびリサイクル推進委員手当も加わっている。発足以来年一回総会を開催し、平成11(1999)年には会の規約も設けるなどして組織運営もきちんと行ってきた。
しかし、発足から11年経つ今も正式には「対象地区」に入っていないことから分かるように、私たちの自治会は本来の地区の外郭組織に過ぎない存在、いやそれ以下かもしれない。一体、何が問題なのだろうか。   
                           〜 次 回 に 続 き ま す 〜 
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by mukai-message | 2006-08-10 14:27 | ○放 射 能 汚 染 | Comments(2)

緊急! 映画「六ヶ所村ラプソディー」(鎌仲ひとみ監督) 上映会

c0041095_1229113.jpg全国各地で 「六ヶ所村ラプソディー」 の上映会が行われています。今週末には 中 央 線 沿 線 の 西 荻 で開催されます。鎌仲監督のお話も聞けるそうです。

日時 8月12日(土) 開場13:00 開演13:30〜 17:00(予定)
会場 西荻地域区民センター(ホール) 杉並区桃井4-3-2 (青梅街道,桃四交差点) 03-3301-0811
料金 1000円(一部二部通し)
お問合せ  080-1110-0645 大野拓夫 さん

【行き方】
・JR西荻窪駅より徒歩15分。 または北口より井荻行or荻窪行バス「桃井四丁目」下車1分。
・荻窪駅北口よりバス(0)(1)乗場、「桃井4丁目」下車1分
・吉祥寺駅北口より西荻駅行バス「善福寺一丁目」下車2分

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マスコミはあまり報道しないようですが、六ヶ所村の核燃料再処理工場が今春から動き出し、放射性物質を海や大気中に放出しています。青森県の農水産物の種類と生産量は全国でもよく知られるところ。(参考記述 5/23農産物への影響は?) 青森で起きていることに、各地の自然農関係者が深い関心を寄せていることに私は共感しています。

森林と農業の地山梨ではいつ上映されるのでしょうか。こちらのサイトで 自主上映団体募集中! です。
こちらのサイトに3月12日に行われた上映会での 参加者の感想紹介がありますので、その中から二つほど下欄に引用します。

More(映画上映会参加者の感想の一部を紹介)
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by mukai-message | 2006-08-09 12:47 | ○放 射 能 汚 染 | Comments(4)

大型公共工事を考える 明野から目をそらせないでほしい 2.

(シデシャジン・クリックして拡大)

猛暑が続いています。庭や畑しごとや散歩に出かけるには紫外線がきつい! 家の中で冷えた麦茶でも飲みながら、明野で起こっていることを考えてみるのはいかがでしょう。

参考サイトをいくつか挙げます。
明野村廃棄物最終処分場問題対策協議会 太陽の村−明野 処分場問題で揺れて12年 今までの経緯
やまなし県政だより ふれあい 廃棄物最終処分場の整備
PDF書類 平成17年第3回北杜市議会定例会会議録 90頁、92〜95頁。
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by mukai-message | 2006-08-05 11:58 | ○放 射 能 汚 染 | Comments(2)

大型公共工事を考える 明野から目をそらせないでほしい

ドクダミ・クリックすると拡大)

今日では誰もが日常的に「環境を大切に」と口にしますが、私が田舎暮しを始めた10余年前は、新規転入者のゴミは回収されず、ゴミの分別もされておらず、あちこちで野焼きが行われ、ダイオキシン問題が一般に知られていなかった頃です。川にはコンクリートブロックの護岸工事が横行し、人や自然に何ら配慮のない道路工事があちこちで進行中でした。そして多くの住民がお上のすることに口をつぐみ、口を開こうものなら奇異の目で見られるか、出る杭として打たれたものです。
しかし「環境」という言葉にはまだ新鮮な響きがあり、当時の北巨摩は市民活動の黎明期を迎えていたせいか、「環境汚染」反対!「自然破壊」反対!という環境グループの動きは議会の一般質問でも引用されるなど注目を集めたりもしました。環境に関心のある者にとって明野の最終処分場建設問題とは、学習会が開かれたり何度か署名運動に協力したこともあって、地理的には少々遠くとも気持の奥にいつも重く横たわっている事柄でした。
過去も今も日本中でダム、最終処分場、高速道路の建設等の超大型事業には、賛成派対反対派の対立へと地域を分断してきた苦く哀しい歴史があります。私たちの明野はそのごく身近な例です。
自分が、自分たち家族が、自分たちだったらどのように対処するのか ーー 困難な想定ではあっても、少なくとも目をそらしてはいけないと思います。八ヶ岳南麓地域には「中部横断自動車道建設計画」が控えています。明野の過去と今は、自分たちの明日かもしれません。

参考記事 山梨日々新聞2006年08月02日(水)
明野処分場 県が林地開発を許可 「利害関係者から同意得ている」と説明  (全文を下欄に引用)

More(サンニチ新聞記事の引用・赤線の註)
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by mukai-message | 2006-08-04 13:06 | ○放 射 能 汚 染 | Comments(1)

ベトナム戦争の語り部 ネルソンさんの講演会のお知らせ

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この講演会の題名を目にするとぎょっとしますが、殺し、殺され、殺し合うのが戦争ですから、時と状況によってはごく普通の質問になるのでしょう。
ネルソンさんからは、ドラマでも映画でもゲームでもない貴重なお話が聞けそうです。

日時 7月23日(日) 14:00〜16:00 
会場 県立男女共同参画推進センター(ぴゅあ総合)2階 大研修室
資料代 500円(高校生以下 無料)
         〜 問合せ 055-285-5428(木内)  055-279-8163(清水) 〜  

=講師プロフィール=
1947年ニューヨーク生まれ。アフリカ系アメリカ人。
貧困のため高校を中退、1965年海兵隊入隊。沖縄駐留を経て、1966年ベトナム戦争に従軍。1970年除隊。高卒の資格を取りニューヨークの大学に。戦争後遺症から立ち直り、日米両国で戦争の現実を訴える活動に取り組んでいる。
1995年9月、沖縄での少女暴行事件を機に、米兵を本国に連れ戻す運動を開始。1996年5月、沖縄を30年ぶりに訪れる。著書にネルソンさん、あなたは人を殺しましたか? (談話社)など。

More(海兵隊のこと知っていますか?)
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by mukai-message | 2006-07-16 18:55 | ○放 射 能 汚 染 | Comments(2)